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政治理念

世界で勝ち抜ける日本をつくる!

長い間海外で仕事をしながら日本を見つめてきました。政治家となり、未来を見据えた政治で「新しい日本」をつくりたいというのが、私の初志です。

激動する時代にあって、日本が安心して暮らせる平和で豊かな国であり続ける為には、世界で勝ち抜ける日本をつくらなければなりません。グローバル化が進む世界で、経済を動かす未来のテクノロジーや社会を維持する未来のシステムにいかに投資していくかは政治の力量です。

未来先取りの政治

これまで、少子高齢化対策、財政再建、持続的な社会保障改革、地域創生といった重要課題は未解決のまま長期にわたり放置されてきました。少子高齢化が起こることはもう三十年以上前から分かっていました。その頃から未来を見据えて制度を設計していれば、今日の不安の多くは解消されていたに違いありません。社会に蔓延るしがらみを排し、課題に真正面から向き合って行く政治。未来先取りの政治を実現したいと思います。

無名のアーテイストの作品ですが佐藤やすきさんの日本に対する思い入れとその真摯な取り組みに感動され「新しい日本」をテーマに描きおろしてくださいました

基本政策

経済・雇用

ベンチャー育成支援で地域の若者の雇用を引き出し、地域経済の強化!

長期にわたる過度な金融緩和によっても地域にお金がまわらない現実がある。
大企業中心に経済成長を目指すモデルから、ベンチャー育成や中小企業支援で、地域の成長余力と若者の雇用を引き出す政策にシフトし、地域経 済の強化で日本経済の底力をアップします。

少子化・子育て

就学前教育無償化を全てのこどもに!

就学前教育の完全無償化や子育て支援に大胆に予算を振り分け、経済的支援による少子化対策を徹底的に実施し、日本を若返らせます。どんな家庭に生まれても等しく教育を受ける基礎的環境を整えます。

教育

激動の時代を生き抜く力を養成する教育を!

自分の力で考え行動する力を、IT力や英語力とともに養成し、多様で変化の激しい時代を生き抜く「逞しい人材」を育成します。

医療・年金・介護

支え合いの仕組みでシニアの安心と若い世代の過度な負担回避を!

若者の負担で高齢者を支える仕組みに代わり、国民が応分の負担をして支え合う仕組みに変更します。応分負担による恩恵を均等に享受できるよう、税制を含めた抜本的変更で持続可能な医療・年金・介護の制度を構築します。制度移行期にも安心の経過措置を施し、シニアの安心の確保と若い世代の過度な負担を回避します。

公共事業

身の丈に合うスマートなインフラで地域の老若男女の活動をサポートする!

地域のニーズや実情に即して老若男女の活動をサポートする効果的なソフトや技術の導入で、最低限のハード・ インフラをスマートに活用します。地域の移動手段の確保は、マイクロ・バスに加えて、自動運転技術の導入を検討します。新たな高速道路や箱物への予算配分は費用対効果をスマート・インフラと慎重に比較します。

エネルギー・原発

早期の原発依存極小化!若い世代の参加で現実的な工程表作成を!

早期の原発依存極小化を目指したいが、現実主義に基づき国が保持すべき原発の技術水準や産業の雇用維持にも 配慮した工程とする。将来を担う若い世代の参加を確保し、徹底議論で現実的な工程表を作成します。 地域に合った地産地消型の再生可能エネルギーの開発にも力を入れます。

財政

財政ビジョンをつくり込み、将来を担う若い世代を納得させる!

プライマリー・バランスを 2020 年までに均衡させる目標は達成されないでしょう。そんな中、将来の現実的な 財政ビジョンをつくり込むことが喫緊の課題です。当面借金をしても子供教育国債を発行し、長期的な税収増による財政健全化をはかるべきという議論もあります。 財政収支に関して何をどうマネージするか、日本の将来を担う若者の納得を得て取進めることが、重要と考えます。

憲法

憲法改正の議論は公権力を縛るという目的に照らして慎重に!

憲法は歴史的に公権力を縛る体系であり、その改正についての議論は慎重に行いたい。何の為に公権力を縛るか(実現すべき目的)は時代とともに変化するので、より良い縛り方があれば国民の合意と適正な手続きがあれば変更 しても良いだろう。公権力に①勝手に戦争をさせない点と②勝手に憲法を変えさせない点は確保したい。 その意味で、解釈が分かれる不十分な規定だが、第 9 条が戦後今日まで変わらなかった意義は評価してよく、現 状出されている議論の範囲では、第 9 条を変更する切迫した理由はない(維持すべき)と考えます。

外交

新たな時代に映える日本的価値で、ソフトパワー外交を強化する!

経済関係強化を重視した平和外交を継続するも、日米同盟の質を高めたい。
日米一辺倒や対米追従ではなく、日本的な価値や日本独自の体験を世界に発信するソフトパワー外交を展開します。
・アニメや和食のみならず、安心・安全の社会システム、環境技術、教育システム、今後は高齢化社会の解決モデル等。
・現実主義を踏まえながらも、唯一の被爆国であることや戦力不保持のポジションをとることで持ち得る発信力。

NEW JAPAN 2050
NEWS

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プロフィール

佐藤やすき

  • 1971年生まれ 兵庫県出身
  • 1977~80年 父親の転勤に伴い3年間米国に滞在
  • 1980~82年 兵庫県芦屋市立精道小学校
  • 1982~84年 兵庫県伊丹市立伊丹小学校
  • 1984~87年 私立六甲学院中学校
  • 1987~88年 私立六甲学院高校
  • 1988~90年 私立栄光学園高校
  • 1990~94年 東京大学法学部(法学士)
  • 1994~95年 東京大学大学院法学政治学研究科(法学修士)
  • 1995~97年 米国ハーバード大学ケネディ政治大学院(公共政策修士)
  • 1998~2001年 モルガン・スタンレー証券会社
  • 2001~05年 HSBC 証券会社
  • 2006~08年 モニターグループ(米国系コンサルティング会社)
  • 2008~2016年 住友商事

幼少時代・小学校時代

高度成長期の日本の典型的なサラリーマン家庭に生まれる。
4才頃まで海岸に近い団地での生活。海で遊ぶのが好きだった。

6才から父親の赴任で米国カリフォルニア州へ。
現地の小学校では、英語で何も分からない授業。毎日授業を抜けて、日系人お祖母ちゃんボランティアに英語を教えてもらう。半年経って気が付くと英語で話していた。

少年アメフトチームに参加し、米国人の中でプレー。チャリティ・ランでは大活躍。集金でチームに大きく貢献。
小3の時、学年で演じた子供オペレッタで主役に抜擢される。好評を博し地元の新聞にメディア・デビュー。

10歳で帰国。米国では4年生だったが、戻って二度目の3年生。
クラス全員が日本人で逆カルチャーショック。「どうして(業者でなく)生徒が掃除をするの?」と聞いて笑われる。

中学・高校時代

中学・高校は神戸の六甲学院へ。当時は全員丸刈りだった。
真冬でも上半身裸での体操や短パン一丁素手での便所掃除。当時は「勘弁してよ」と思ったが、ある意味鍛えら れた。そして同じ釜の飯を食らう仲間ができた。毎年冬学期にグリーンピア三木で36km のマラソンを完走。走 るのは辛かったが、最後まで走り抜く喜びも味わった。

高1の秋に、学年の弁論大会に参加し、優勝。言葉の威力に気づくきっかけに。
高1の終わり、体育の授業中に8メートルの崖から転落。腰椎圧迫骨折の大怪我で1か月入院。
打ちどころが良く、臓器破裂や後遺症もなく不幸中の幸い。

直後に転校。鎌倉の栄光学園高校へ。今でも助け合う仲間と出会う。
高3の秋に、カナダ人の先生のすすめでチャーチル杯英語弁論大会に参加。
全国大会に出場。国際的な舞台で仕事をしたいと思う契機に。

大学・大学院時代

外交官になりたいという思いで東大法学部に。
入学後は国連で働きたい、日本の社会を外から変えたいという思いを強くする。
この頃、その後の趣味となるうたに出会う。二期会の声楽家の下、本格的にイタリア歌曲やオペラを勉強。
うたの威力と素晴らしさを体得。
3年の時、米国プリンストン大学の学生が企業協賛で開催した国際会議に参加。米国の学生が血相をかえて物事 に取組む姿を目の当たりに。学生の活動を支える教育環境にも驚愕。米国留学を決意。

国際政治のゼミに所属。そのまま大学院に。そして米国ハーバード大学に留学。留学中はとにかく倹約の毎日。授業のアシスタントや学生寮の受付のアルバイトをしてしのぐ。若い学生同士、良く助け合った。
地元選挙事務所でボランティアも。住民が参加するオープンで生活感のある政治文化。
政治の「身近さ」に感銘を受ける。

留学中に明石康氏や緒方貞子氏の下で国連実務に携わる。一方で当時の国連の無力さも痛感。
「資本の世界」に身を投じようと心を決める。

金融マン時代

卒業後は、米国系のモルガン・スタンレー証券へ。財務諸表の意味から大きなお金の流れまで証券ビジネスを叩き込まれた。当時の日本ではあまり知られていなかった外資系証券。職場は予想していたより風通しが良かった。

HSBC 証券では企業の株式公開、資金調達、M&A 等のアドバイスに従事。仕事に明け暮れる毎日。ベンチャー企業の社長や経営幹部、大企業の担当者に育てられる。失敗しながら、経営者マインドを体得。

この頃妻と出会い結婚。

モニターグループではコンサルタントとしてよく働いた。中東の政府系ファンドの開発投資をアドバイス。 ベトナムの片田舎に「ドバイをつくる」計画でベトナム政府と掛け合った。 その後のベトナムの目覚ましい発展ぶりを見るに感慨深い。

夏は仕事の合間を見つけて登山。富士山登頂が毎年の恒例行事に。

商社マン時代

住友商事に転職し、投資をアドバイスする側から、自ら投資する側へ。
仲間やビジネスの相方を大事に、長期の視点でビジネスを展開する日本企業の特長を実感。

海外の電力インフラの事業開発投資に従事。とにかく海外出張が多かった。3週間張り付きの出張が普通になる日々。それでも地元住民の生活が肩にかかるインフラ開発にやりがいを感じた。
住友商事がオーストラリアで初めて手掛けるガス火力発電所への投資も担当。
アドバイザーの知恵を総動員。交渉の醍醐味を知る経験に。

インドネシアで地熱発電の事業開発も推進。日本の商社として初めて、地熱源リスクをとる開発投資を主導。
インドネシア人100人の事業会社の運営に携わる。
経営幹部として事業開発を推進。ファイナンスの取進めや政府との交渉の日々。
スマトラのジャングルにも足しげく通う。開発に反対する地元住民を説得することも。

政治の世界に転身

インドネシア駐在前に長男が誕生。赴任中は息子を通して地元の子供たちや家族と触れ合う。
すべてが若いインドネシア。経済や社会の仕組みは未整備でも、トライ&エラーで前に進む。
わずか半世紀前に1億ほどだった人口は今や3億に達する勢い。人口規模による存在感とその威力はうらやましい限り。

インドネシアから閉塞感あふれる日本の状況を見つめ続ける。日本の社会を若返らせなければならないという強い思いがこみ上げる。
一方、志を同じくする大学・大学院時代の仲間や先輩が多く政界で活躍。

2016年の参議院選挙を前に会社を辞め、政治の世界に身を投じる。直後に次男誕生。
右も左も分からず、暗中模索しながら、どぶ板選挙活動。
2017年10月の衆議院議員選挙に無所属で立候補するも落選(26,365 票)。

サッカーボールを蹴る長男と必死で真似する次男。忙しくとも近くの公園で息子たちと過ごす時間をつくる。日々の子育てはさながら「格闘」技。
国の未来の為に社会全体で子育てを支援したい。この国の仕組みを若返らせる為に、今やれることがいっぱいある。手付かずのこともまだまだある。

初志貫徹に向けて活動を継続。

挑戦はつづく

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