初志貫徹。佐藤やすきNEW JAPAN 2050 国民民主党ホームページへ

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政治理念

未来を見据え、世界で勝ち抜ける日本をつくる

私は長い間海外で仕事をしながら日本を見つめてきました。残念ながら今の日本は停滞しています。それは政治の責任です。この停滞した日本を再び躍動させるためには、時代の大きなうねりに呼応するスピードとスケールを持った政治が必要です。日本をもっと豊かで安心して暮らせる国にするために、政治の力で「世界で勝ち抜ける日本」をつくっていきます。

未来を先取りする

経済を動かす未来のテクノロジー、社会を維持する未来のシステム、未来の社会の担い手にいかに投資していくかは、政治の力量そのものです。グローバル化が進む世界で、世界からヒト・モノ・カネ・技術・情報が集まる国にしていかなくてはなりません。

格差をなくす

格差が広がる一方のニッポン。政権交代のない政治は、与党と関係の深い一部の人々だけが多くの利益を得ます。社会が分断されれば、日本でも治安の悪化や社会不安が起きます。大都市、大企業、富裕層、多数者を優先させる今の政治では光が当たらない少数者、若者、女性、こども、中小企業、地域を元気にする政治で格差を小さくしなければなりません。

課題を解決する

課題先進国ニッポン。これまで少子高齢化、社会保障改革、地域創生といった重要課題は未解決のまま長期にわたり放置されてきました。30年以上前から未来を見据えて制度を設計していれば、年金も破綻寸前まで追い込まれることはなかったでしょう。社会にはびこるしがらみを排し、日本が直面する諸課題に真正面から取り組む政治にしなくてはいけません。

責任と覚悟を持つ

コロナ対応でも中途半端で小出しの政策対応に終始する政治。追い詰められて繰り出す対策が後手後手となり、相当なお金と時間を使った挙句、問題解決にほど遠い状況が繰り返されています。日本が直面する諸課題に、政治が責任と覚悟をもって取り組まなくてはなりません。

寄り添い、説明し、
共感を得る 

政府の取組み、判断基準や優先順位が、国民に説明されないままでは、残念ながら国民には将来への不安しか残りません。国会審議を通じて、国の重要課題の論点を国民とともに共有し、よりオープンに日本の未来をつくる政治を実現しなくてはなりません。

国を守る

中国の台頭で米国中心の世界が変わろうとしています。地理的にも中国とアメリカの狭間にある日本にとって、国を守るために外交力が問われています。いかなる戦争にも関与しない為の外交力と自衛力を備えて永世中立的な立場をとることを、長期的な国の在り方として検討する時が訪れるかもしれません。

経済を動かす

2回目の一律10万円給付の実施や時限的な消費税減税を実施し、コロナ禍を乗り切ると同時に、コロナ後の経済を見据えて「積極財政」に転換し、所得と物価の両方が上がる好循環をつくり、「給料の上がる経済」を実現しなくてはなりません。

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基本政策

国民に寄り添う政治を実現し
コロナ後の新しい日本へ
5つの元気を取り戻す!

❶ コロナを乗りきる!

今からでも遅すぎません。①ワクチンに加えてPCR検査の担当大臣を任命し、全国民へのPCR検査、②地域主導で業種規模別のきめ細かな企業支援、③特に生活が苦しい個人への支援、の実現を提案し続けます。

❷ 若者が活躍できる日本に!

20代30代の所得税・住民税を減免し、若者が使えるお金(可処分所得)を増やします。経済的理由で結婚や子供をあきらめる若者を減らし、若者の消費拡大で全世代が潤う経済の好循環もつくれます。

❸ 女性と子どもの力を引き出そう!

女性・子供省をつくり、人口の半分を占める女性・3000万人もの働く女性の力をもっと活かす社会に変えていきます。「子供国債」発行で、教育の無償化、子育て・女性の社会進出を徹底的に応援します。

❹ シニアが安心して暮らせる社会!

すでに人口の約3割を占めるシニア(65歳以上)に、最低生活保障(ベーシックインカム)の考え方で新たな年金を創設します。人生100年時代に多様な生き方ができる、元気なシニアが活躍できる社会を目指します。

❺ 地域と中小企業で培う日本の底力!

地域の実情に合わない大都市・大企業の考え方では、地域も中小企業も助かりません。一括交付金の復活等で地域の財源を確保し、地域の皆様のお声を伺いながら、もっと「地域のことは地域で」を基本に政策を推し進めます。

動け、日本
「対決より解決」で、
日本を再び躍動する国へ

  • ■「積極財政」に転換
  • ■ 給料が上がる経済を実現
  • ■「人づくり」こそ国づくり
  • ■ 国民と国土を「危機から守る」
  • ■「正直な政治」を貫く

プロフィール

佐藤やすき

  • 1971年生まれ 兵庫県出身
  • 1977~80年 父親の転勤に伴い3年間米国に滞在
  • 1980~82年 兵庫県芦屋市立精道小学校
  • 1982~84年 兵庫県伊丹市立伊丹小学校
  • 1984~87年 私立六甲学院中学校
  • 1987~88年 私立六甲学院高校
  • 1988~90年 私立栄光学園高校
  • 1990~94年 東京大学法学部(法学士)
  • 1994~95年 東京大学大学院法学政治学研究科(法学修士)
  • 1995~97年 米国ハーバード大学ケネディ政治大学院(公共政策修士)
  • 1998~2001年 モルガン・スタンレー証券会社
  • 2001~05年 HSBC 証券会社
  • 2006~08年 モニターグループ(米国系コンサルティング会社)
  • 2008~2016年 住友商事

幼少時代・小学校時代

高度成長期の日本の典型的なサラリーマン家庭に生まれる。
4才頃まで海岸に近い団地での生活。海で遊ぶのが好きだった。

6才から父親の赴任で米国カリフォルニア州へ。
現地の小学校では、英語で何も分からない授業。毎日授業を抜けて、日系人お祖母ちゃんボランティアに英語を教えてもらう。半年経って気が付くと英語で話していた。

少年アメフトチームに参加し、米国人の中でプレー。チャリティ・ランでは大活躍。集金でチームに大きく貢献。
小3の時、学年で演じた子供オペレッタで主役に抜擢される。好評を博し地元の新聞にメディア・デビュー。

10歳で帰国。米国では4年生だったが、戻って二度目の3年生。
クラス全員が日本人で逆カルチャーショック。「どうして(業者でなく)生徒が掃除をするの?」と聞いて笑われる。

中学・高校時代

中学・高校は神戸の六甲学院へ。当時は全員丸刈りだった。
真冬でも上半身裸での体操や短パン一丁素手での便所掃除。当時は「勘弁してよ」と思ったが、ある意味鍛えら れた。そして同じ釜の飯を食らう仲間ができた。毎年冬学期にグリーンピア三木で36km のマラソンを完走。走 るのは辛かったが、最後まで走り抜く喜びも味わった。

高1の秋に、学年の弁論大会に参加し、優勝。言葉の威力に気づくきっかけに。
高1の終わり、体育の授業中に8メートルの崖から転落。腰椎圧迫骨折の大怪我で1か月入院。
打ちどころが良く、臓器破裂や後遺症もなく不幸中の幸い。

直後に転校。鎌倉の栄光学園高校へ。今でも助け合う仲間と出会う。
高3の秋に、カナダ人の先生のすすめでチャーチル杯英語弁論大会に参加。
全国大会に出場。国際的な舞台で仕事をしたいと思う契機に。

大学・大学院時代

外交官になりたいという思いで東大法学部に。
入学後は国連で働きたい、日本の社会を外から変えたいという思いを強くする。
この頃、その後の趣味となるうたに出会う。二期会の声楽家の下、本格的にイタリア歌曲やオペラを勉強。
うたの威力と素晴らしさを体得。
3年の時、米国プリンストン大学の学生が企業協賛で開催した国際会議に参加。米国の学生が血相をかえて物事 に取組む姿を目の当たりに。学生の活動を支える教育環境にも驚愕。米国留学を決意。

国際政治のゼミに所属。そのまま大学院に。そして米国ハーバード大学に留学。留学中はとにかく倹約の毎日。授業のアシスタントや学生寮の受付のアルバイトをしてしのぐ。若い学生同士、良く助け合った。
地元選挙事務所でボランティアも。住民が参加するオープンで生活感のある政治文化。
政治の「身近さ」に感銘を受ける。

留学中に明石康氏や緒方貞子氏の下で国連実務に携わる。一方で当時の国連の無力さも痛感。
「資本の世界」に身を投じようと心を決める。

金融マン時代

卒業後は、米国系のモルガン・スタンレー証券へ。財務諸表の意味から大きなお金の流れまで証券ビジネスを叩き込まれた。当時の日本ではあまり知られていなかった外資系証券。職場は予想していたより風通しが良かった。

HSBC 証券では企業の株式公開、資金調達、M&A 等のアドバイスに従事。仕事に明け暮れる毎日。ベンチャー企業の社長や経営幹部、大企業の担当者に育てられる。失敗しながら、経営者マインドを体得。

この頃妻と出会い結婚。

モニターグループではコンサルタントとしてよく働いた。中東の政府系ファンドの開発投資をアドバイス。 ベトナムの片田舎に「ドバイをつくる」計画でベトナム政府と掛け合った。 その後のベトナムの目覚ましい発展ぶりを見るに感慨深い。

夏は仕事の合間を見つけて登山。富士山登頂が毎年の恒例行事に。

商社マン時代

住友商事に転職し、投資をアドバイスする側から、自ら投資する側へ。
仲間やビジネスの相方を大事に、長期の視点でビジネスを展開する日本企業の特長を実感。

海外の電力インフラの事業開発投資に従事。とにかく海外出張が多かった。3週間張り付きの出張が普通になる日々。それでも地元住民の生活が肩にかかるインフラ開発にやりがいを感じた。
住友商事がオーストラリアで初めて手掛けるガス火力発電所への投資も担当。
アドバイザーの知恵を総動員。交渉の醍醐味を知る経験に。

インドネシアで地熱発電の事業開発も推進。日本の商社として初めて、地熱源リスクをとる開発投資を主導。
インドネシア人100人の事業会社の運営に携わる。
経営幹部として事業開発を推進。ファイナンスの取進めや政府との交渉の日々。
スマトラのジャングルにも足しげく通う。開発に反対する地元住民を説得することも。

政治の世界に転身

インドネシア駐在前に長男が誕生。赴任中は息子を通して地元の子供たちや家族と触れ合う。
すべてが若いインドネシア。経済や社会の仕組みは未整備でも、トライ&エラーで前に進む。
わずか半世紀前に1億ほどだった人口は今や3億に達する勢い。人口規模による存在感とその威力はうらやましい限り。

インドネシアから閉塞感あふれる日本の状況を見つめ続ける。日本の社会を若返らせなければならないという強い思いがこみ上げる。
一方、志を同じくする大学・大学院時代の仲間や先輩が多く政界で活躍。

2016年の参議院選挙を前に会社を辞め、政治の世界に身を投じる。直後に次男誕生。
右も左も分からず、暗中模索しながら、どぶ板選挙活動。
2017年10月の衆議院議員選挙に無所属で立候補するも落選(26,365 票)。

サッカーボールを蹴る長男と必死で真似する次男。忙しくとも近くの公園で息子たちと過ごす時間をつくる。日々の子育てはさながら「格闘」技。
国の未来の為に社会全体で子育てを支援したい。この国の仕組みを若返らせる為に、今やれることがいっぱいある。手付かずのこともまだまだある。

初志貫徹に向けて活動を継続。

挑戦はつづく

無名のアーテイストの作品ですが佐藤やすきさんの日本に対する思い入れとその真摯な取り組みに感動され「新しい日本」をテーマに描きおろしてくださいました

お問い合わせ

【佐藤やすき選挙事務所】
〒655-0035
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TEL:078-707-2232 FAX:078-707-2233
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